アーケードゲームテーブルを作る その1

私の少年時代

1PLAY100円という理不尽な値段設定に泣きました。
小遣いが無かった小僧にはゲームセンターはプレイするより、お兄さん方のプレイを見に行くようなものでした。

「この帰りの電車賃を使ってしまうか・・」小銭を握りしめてただ見ていたわけです。
そんな少年時代にプレイ出来なかった悔しさと、アーケードゲームへの憧れを大人になってからまた思い出してしまった。
昨今エミュレーターの進歩やらなんやらで、各ゲームデバイスもダウンロード課金で「昔のゲームが出来るよー、おっさん小銭をちょうだい」と稼いでいるようですが、やはり私は少年時代に憧れた基板たちにもう一度会いたいと思っちゃうわけです。

ゲームが出来るだけじゃ満足できないんですね。
この勢いで秋葉原に行ってアーケード基板を買ってきてやる!と思ったら、通販で買えちゃいます、便利な世の中ですね。

基板を買ってみる

コレクションではあるけれど、どうせ買うならまだプレイするのに新鮮な物。当時はまりたかったゲーム。やってみたいけどガキには難しすぎてお金が足りなすぎた。そんな思い出のゲームは自分にとってなんだったかな・・・。
と出てきたのが「妖怪道中記」でした。当時はノーコインクリアをする人がなかなか現れなかったとか。とにかく難易度の高いゲームでした。
このゲームはお値段3万円位で手に入ります。

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さらに、これらを動かす為には、電源と、コントローラー、それから業務用モニターが必要だったりします。
ひとまずオークションでそれぞれ購入して試しに電源を付けてモニターに映すところまで動作確認をして問題なし。

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ちなみに、業務用モニターは家庭用モニターと信号とケーブルが違います。家庭用のモニターを使いたい場合は信号の変換機を使う事が出来ます。
今回は家庭用モニターに出力するために以下の機械を使いました。

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株式会社マイコンソフト XRGB-3
これでRGB21Pinから、Dsub15Pinや、D端子、コンポーネントなど扱いやすいものに出力できます。
ここまで動作確認してみて次に思う事はやっぱりテーブルがほしいなぁと、昔やったようなあの感じでプレイしたいよなぁ、と思うのでした。
じゃぁ、あれ買っちゃうか?
と中古の筐体を調べてみるとネット通販などで売ってるお店は何件かある・・・これを部屋に置いたら・・・、うーん、なんかなー、お客とか来たら引くでしょうね、たぶんね。
一応インテリアに馴染むように出来ないかなー。
じゃあ作ればいいのかなぁ?

つづく・・・

青森 キリストの墓 + おまけ

イスラエルに行く前から気にかけていた、青森県新郷村(旧戸来村)にある、キリストの墓にいってみることにした。
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村の伝説
資料などを見てみると、約2000年前にゴルゴダの丘で磔刑になったはずのイエスは、密かに逃れてこの地に移り住み106歳の天寿をまっとうしたらしい。 元になったのは昭和6年に現在の北茨城市の皇祖皇太神宮の神宝、竹内古文書が解宝され、そこに神代文字で記載された神武以前の日本歴史がいろいろと書かれており、その中の一つにイエスが新郷村(旧:戸来村)に来たという事が書かれていたそうである。戸来(ヘライ)という呼び名もヘブライから来た?など言われたりすることもあるようで。
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キリストの墓
2つ墓がありますが、一つはイエスの弟イスキリの墓でイエスの身代わりとしてイスラエルで磔刑になったのだそうです。
夏にはこのキリストの墓の周りで夏は盆踊りしちゃいます。
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盆踊りはこのあたりの地方で良く唄われる「ナニャドラヤ」。
「ナニャドラヤー ナニャドナサレノ ナニャドラヤー」と、歌詞はこれだけ。
これをめっちゃループします。いったいどうやってエンディングに持っていくんだろう。。
不思議な歌詞ですが、歌ってる人たちも意味が分かってないらしい。
この歌詞は古代ユダヤの軍歌だという人もいれば日本語の恋歌であるという人もいるようです。
踊りの動画があったのでご紹介

キリストの墓伝承館
ここに様々な新郷村のキリストにまつわる伝説や資料が展示されています。入口付近では「ナニャドラヤ」の無限ループでお出迎え。展示物は、キリストの遺言のレプリカなども展示されてました。
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沢口家
キリストの墓を守ってきた沢口家の墓がすぐ近くにあります。
よく見ると家紋がダビデの六芒星・・いや、五芒星だった。。だと意味がいろいろ違うような?
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—- 以下展示資料から引用 —-
日本渡ったキリストは、松ヶ崎(八戸市の八太郎)から上陸し、戸来(現在の新郷村)に住所を定め、その名「十来太郎大天空」と改めて、ミユ子という二十歳の女性をめとり三人の娘をもったと言われています。
そして、その長女が嫁いだとされているのが沢口家です。(略)
また、山根菊子女史の「光は東方より」の中で「(山根女子らの研究の中の)絵に見るキリストの肖像と生き写しだ。頭の毛がズッと禿げあがって居り、鼻は高く眼は大きく、身体のガッチリした風貌はあまりにもよく似ている。(略)まるで骨像の中に現れたキリストの像が目の前に現れたかと疑う計りの酷似である。」と、女史は沢口三次郎氏(現在の当主・沢口豊治さんの父)との初対面の印象を書いています。
—-

ということは、沢口さんはイエスの子孫って事なんですか!
ミステリアスだけど、突っ込みたい。例えば、「絵に見るキリストの肖像と生き写しだ。」って、そんなー。
そもそも、まだ2000年前のイスラエルにいたユダヤ人は混血が進んでなく、もろ中東の方たちと同じような顔つきでしょうよ。宗教画に出てくるイエスはほとんど白人をモチーフにしたものだもの・・・。

額に十字(ヤッコを書く)
生まれて間もない子供を初めて外に出すときには、その子供の額に十字をかくという慣わしがあって、最近までこの風習は続いていたとの事。魔除けや、子どもが健康に育つ願掛けの意味だとか。
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ミステリアスであるが、ここで疑問が出てくる。
もし、渡来した人がイエス本人だとして、十字を書く習慣を伝えたのは誰か?
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十字のシンボルはキリスト教で使われるよりも前から多様にあるが・・。

キリスト教がローマ帝国時代に国教になったのはイエスの時代より後の4世紀頃、イエスが青森に来た時代は今のような習慣や宗教シンボルが確立してなかったのではないか。
キリスト教で十字が記録で出てきたりするのは、コンスタンティヌス帝の時代あたりからのようだし・・・

では、誰が子どもに十字を書いたのか・・・、
と考えながら飲むこの村のオリジナルブランドの飲むヨーグルトはかなりおいしいので、オススメ。
酪農が盛んなようです。
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でも、なんだかんだいってBBCも来てます。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/5326614.stm

沢口さんがBBCからのインタビューに答えてる内容がかなりシュール。
「はたしてイエスの子孫なのか」的な見出しのインタビューに対して、「実は、家はみんなクリスチャンじゃなく、仏教徒なんですよ」っていう・・。

イスラエル大使館から石版が送られているようでした。
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大石神ピラミッド(おまけ)
新郷村には、ピラミッドもあったりします。ちょっと寄ってみた。村のキャッチコピー「ロマンと歴史の里」も納得。
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なぜピラミッドなのか。もとは、酒井勝軍という人が言い出したようなんだけどこの方も竹内古文書の支持者です。
–Wikipediaより引用–
鳥谷幡山が1934年(昭和9年)10月、青森県戸来村(現新郷村)において、ピラミッド大石神を「発見」する。1935年(昭和10年)8月初、同ピラミッドを訪問した、竹内巨麿は塚を発見したとし後にキリストの墓とした。
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竹内古文書は調べるとドンドン胡散臭くなると思うけど、このキリストの墓はロマンいっぱいの観光地であることは変わりないと思う。

青森 恐山 観光メモその2

地獄と言われるだけあって、岩と硫黄ばかりの厳しい環境。
地蔵様が散見されますが、奥の方には八葉塔という大きい地蔵さんがあったりしました。
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硫黄がコポコポとしていたけど、すごく黄色い。
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これは、血の池地獄。池はきれいな水のようでした。
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地獄をしばらく歩いていくと、最後に極楽浜に辿り着きます。
宇曽利山湖の白い浜は、山の中の湖とは思えない景観。DSC_0767

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あれだけ厳しい環境の後だけに極楽に感じるんでしょうかね。
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帰りに朦朧として撮り忘れた、桜と六地蔵など撮る。
この辺りは5月上旬でも桜が見れます。
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次に機会があれば、恐山大祭などに合わせてまた来て見たいと思います。

おしまい・・・